ワットホーパケオ Wat Ho Phakeo
ワットホーパケオもヴィエンチャン観光では外せない寺院です。
ナンプ広場やタラートサオからも徒歩で行ける距離にあり、セーターティラート通りから格式高い姿を眺めることもできます。
深緑色で艶のある仏像の一体一体、表情、体型が異なり、いつまで見ていても飽きません。
現在のワットホーパケオは、1936年~42年に修復されたもので、原型とはかなり異なるスタイルになったという説が有力だそうです。
現在は、王の保護寺院であり僧侶はいません。
この寺院はラオスのエメラルド寺院とも呼ばれています。以前、エメラルド仏が安置されていたのでそう呼ばれていますが、現在、エメラルド仏はここにはありません。
ご存じの人も多いと思いますが、タイのバンコクに有名な寺院、ワットプラケオ(エメラルド寺院)があります。
実は、ワットプラケオにあるエメラルド仏は、以前ラオスのワットホーパケオに安置されていたのです。
ワットプラケオ Wat Phra Kaeo と エメラルド仏


ラオス人曰く
「タイがエメラルド仏を略奪した」
タイ人曰く
「元々タイに安置されていたエメラルド仏を取り返しただけだ」
ここで、ラオスとタイとの歴史的背景を知る必要があります。
ポーティーサーララート王(ラオス)にランタータイ王国の王女(チェンマイ(タイ人))が嫁いた時に、王女がチェンマイにあったエメラルド仏をラオスのルアンパバーンに持ってきました。
その後、ルアンパバーンからヴィエンチャンに遷都が行われた時に、エメラルド仏を安置するために建立されたのがワットホーパケオです。
しかし、1730年、1828年にシャム(タイ)の侵入により寺院は破壊され、エメラルド仏を持ちさられてしまったのです。
その際、仏像に埋め込まれていた宝石なども一緒に略奪されてしまいました。
この仏像をよく見ると、目のあたりに引っかき傷を見ることができます。

このような経緯から、先ほど記述したラオス人の考え、タイ人の考えが出てくるのです。
第三者の目から見ると、エメラルド仏がタイからラオスへ移動したときは合意の上での平和的移動ですが、ラオスからタイへ移動したときは武力による移動なので、やはりラオス側が所有するべきなのではないかと思います。
ラオスは度々タイの侵略をうけたこともあり、ラオス人のタイ人への感情は複雑なものがあります。
一方、タイは階級社会で、ラオスは北部の田舎のように思っている人も多いようです。
このブログでも徐々にご紹介しますが、ラオスとタイの関係は複雑で、切っても切れない仲にあるのです。
ちなみに、エメラルド仏は本当のエメラルドではなく、ヒスイでできています。しかしその存在感はエメラルドに匹敵するのではないかと感じられます。















